中国で「パナソニック」と「くまモン」の明暗を分けた、漢字表記の落とし穴
6/18(金) 6:01配信ダイヤモンド・オンライン 莫邦富
2016年中国江蘇省南京市で開催されたマラソンで、くまモンに扮した参加者
● 中国語では「酷MA萌」、中国語文化への理解不足
日本の地方自治体のなかで、もっともPRキャラクターの開発と活用に成功したのは、おそらく「くまモン」を開発した熊本県だろう。
熊本県は、2013年に、くまモンの中国語ネーミングを「「酷(クー)MA(マ)萌(モン)」と決めて、観光客らを通じて、市場を中国に広げようとした。
「酷MA萌」という当て字は、中国語で「かっこいい」を意味する「酷」、「かわいい」の「萌」、海外キャラクターと分かるようアルファベット「MA」を組み合わせたと同県は説明する。その説明に一理はあるが、発表当時から私は冷ややかに見ていた。
理由はネーミングが極めて日本的で、中国語への理解が不足していると感じたからだ。
日本語では、コンビニエンスストアをコンビニ、パーソナルコンピューターをパソコンなどと、4音節語に短縮する文化がある。
中国語でも似たような現象が見られるが、中国語の場合は、もっとも多く使われているのが二字熟語である。だから、言語を短縮して表現する場合も、4音節語ではなく、2文字にする習慣がある。たとえば、家庭教師を「家教」、彩色液晶屏(カラー液晶パネル)を「彩屏」、政治協商会議(中国版参議院のような政治機構)を「政協」などと短縮する。
● 中国での漢字の影響力は絶大 「広州HONDA」ではなく「広州本田」が良い理由
中国でよく売れている商品に、「広本」というものがある。広本とは、本田技研工業株式会社と中国の自動車会社「広州汽車」が作った合弁会社「広州本田」のことを指すものだ。
当初、ホンダ社内では、「広州HONDA」という漢字とアルファベットを組み合わせた表示にしようという声がかなりあった。しかし、私はメディアで再三、中国の広告関連と文字表示関連の法規との不整合問題などのリスクを指摘し、このような使い方・読み方に反対していた。
さらに、もうひとつ「広州HONDA」という表示では懸念があった。それが、2文字に短縮するときの方向性の問題だ。「広HON」に短縮することはあり得ないから、むしろおとなしく漢字表示を使用した方がよかったのだ。結果的に、「広本」と短縮した形で落ち着いた。
日本でのホンダの使い方と同じように、この「広本」は中国では、会社名の略語である同時に、ブランド名でもある。
以前、中古車販売店にぶら下がっている看板には、「新広本」「老広本」といった文字が書かれているのがよく見られた。広州本田の新しいタイプの車種と古い車種のことを指す。当時、広州本田の車と言えば、「アコード(中国語名は「雅閣」)」だった時代なので、新広本も老広本もアコードのことを指していた。
車種がたくさん増えた今、ひと昔前のように、ことは運べない。「広本」の次に雅閣や「飛度(フィット)」といった具体的なブランド名をつけないと、情報が伝わらなくなる。これで、ようやく新広本、老広本といった表現がだんだん見られなくなった。
漢字の本家・本元の中国ならではともいえる、漢字による影響力は、中国市場を視野に入れている日本企業にとって絶対に無視または軽視してはいけないのだ。
● 私が提案したパナソニックの中国語表記
もう時効だろうと思うが、2007年12月、松下電器(現・パナソニック)から秘密の依頼を受けたことがある。
当時、大企業病に苦しんでいた同社は、思い切ったブランドチェンジに踏み切った。社名をパナソニックに変え、松下電器やナショナルなどの社名やブランド名といった古い遺産を徹底的に片づける決意をしたのだ。当時この作業は、社内の機密作戦だった。
私は、その数年前に、日産自動車のティアナや、ホンダのアキュラなどの自動車ブランド名の中国語ネーミング開発を手掛けており、特にティアナを「天籟」にネーミングしたことは中国では大変な好評を得た。こうした実績が評価されたのか、松下電器から、新しい社名とブランド名のパナソニックの中国語ネーミングで天籟に匹敵できるようなものを開発してほしいという依頼を受けたのである。
翌年の08年1月10日、松下電器の大坪文雄社長が2008年度の経営方針を説明する席で会社名を「パナソニック」に変更すると正式に発表。同時に日本国内向けに用いてきた「ナショナル」ブランドを廃し、すべてパナソニックで統一するというブランド作戦も明らかにした。同年6月の株主総会での承認を経て、同年10月1日からこの社名チェンジ作戦は実施された。
同年1月下旬、私はいくつかの中国語ネーミング案を松下電器に提出し、プレゼンテーションを行った。プレゼンに立った私は開口一番、次のような発言をした。
「大企業病とマイナス効果をきたす一部の古い遺産と決別する御社の並々ならぬ意志は120%理解しています。社名チェンジも支持します。そのため、自分のすべての力を絞り出して新しい社名であるパナソニックの中国語ネーミングを開発しました。しかし、漢字の本家・本元である中国の歴史と文化、そしてその市場の大きさなどをいろいろと考えた上、私は自分の開発した中国語ネーミングはしょせん、『松下電器』という4文字には勝てないと思います。中国国内だけに限定してでも、御社の社名やブランドの表示はパナソニックの英語名と同時に、松下電器という在来のブランド名もつけた方がいいと提案いたします」
その提案をもし採用してもらえたら、私は同社の中国語ネーミング開発関連の報酬をもらわなくてもいいという意思表示も明確にした。
おそらく私と同じ意見や提案もたくさんあっただろうが、結果として、松下電器は私の提案を採用してくださった。中国出張に行くとき、飛行機のシートや街角を飾る広告、オフィスビルの看板に、パナソニックの下に松下電器という4文字が書かれているのを目にする度、一外国人のアドバイスに謙虚に耳を傾けるパナソニックの決断と市場に真摯に立ち向かうその姿勢に感動している。
● スカイツリーのブランド戦略は失敗か
話を冒頭のくまモンに戻そう。
昨年3月7日、熊本県はようやく6年間こだわっていた「酷MA萌」ネーミングをあっさりと捨てて、すでに中国のファンの間ですっかり定着した「熊本熊」を追認した。
県側は「熊本をより容易に連想できる名前に変えることで、認知度を高めたい」と追認の理由を明らかにしている。その「豹変」ぶりに拍手を送りたい。県側の決断力と市場に対する真摯な態度が確認できたからだ。
原稿作成の途中、疲れた頭をすこし休ませようとして、しばらくコーヒーを飲んだ。マンションの北側の窓の外には、スカイツリーがそびえ立っている。雨が降りそうなので、スカイツリーの上半分は雨雲に隠れている。
スカイツリーの中国語ネーミングの悪戦苦闘ぶりを思い出した。当時、登録作業が遅れに遅れたため、一番ピッタリくる「天空樹」がすでに誰かに先に登録されてしまっていた。結局、苦し紛れに登録できたのは「晴空塔」だ。
雨雲に隠れたスカイツリーを目にする度に、そのネーミングのおかしさに苦笑し、スカイツリー運営会社のそのブランディングの失敗を改めて嘆いた。グローバル経済になったいま、日本企業のブランド戦略も国境を超えた意識を持たないと、たいへん大きなリスクを冒す恐れがある。再度、警鐘を大きく鳴らしたい。
https://news.yahoo.co.jp/articles/05edfdf410245ed2444357e5a2630c3227d04305?page=1
2016年中国江蘇省南京市で開催されたマラソンで、くまモンに扮した参加者
● 中国語では「酷MA萌」、中国語文化への理解不足
日本の地方自治体のなかで、もっともPRキャラクターの開発と活用に成功したのは、おそらく「くまモン」を開発した熊本県だろう。
熊本県は、2013年に、くまモンの中国語ネーミングを「「酷(クー)MA(マ)萌(モン)」と決めて、観光客らを通じて、市場を中国に広げようとした。
「酷MA萌」という当て字は、中国語で「かっこいい」を意味する「酷」、「かわいい」の「萌」、海外キャラクターと分かるようアルファベット「MA」を組み合わせたと同県は説明する。その説明に一理はあるが、発表当時から私は冷ややかに見ていた。
理由はネーミングが極めて日本的で、中国語への理解が不足していると感じたからだ。
日本語では、コンビニエンスストアをコンビニ、パーソナルコンピューターをパソコンなどと、4音節語に短縮する文化がある。
中国語でも似たような現象が見られるが、中国語の場合は、もっとも多く使われているのが二字熟語である。だから、言語を短縮して表現する場合も、4音節語ではなく、2文字にする習慣がある。たとえば、家庭教師を「家教」、彩色液晶屏(カラー液晶パネル)を「彩屏」、政治協商会議(中国版参議院のような政治機構)を「政協」などと短縮する。
● 中国での漢字の影響力は絶大 「広州HONDA」ではなく「広州本田」が良い理由
中国でよく売れている商品に、「広本」というものがある。広本とは、本田技研工業株式会社と中国の自動車会社「広州汽車」が作った合弁会社「広州本田」のことを指すものだ。
当初、ホンダ社内では、「広州HONDA」という漢字とアルファベットを組み合わせた表示にしようという声がかなりあった。しかし、私はメディアで再三、中国の広告関連と文字表示関連の法規との不整合問題などのリスクを指摘し、このような使い方・読み方に反対していた。
さらに、もうひとつ「広州HONDA」という表示では懸念があった。それが、2文字に短縮するときの方向性の問題だ。「広HON」に短縮することはあり得ないから、むしろおとなしく漢字表示を使用した方がよかったのだ。結果的に、「広本」と短縮した形で落ち着いた。
日本でのホンダの使い方と同じように、この「広本」は中国では、会社名の略語である同時に、ブランド名でもある。
以前、中古車販売店にぶら下がっている看板には、「新広本」「老広本」といった文字が書かれているのがよく見られた。広州本田の新しいタイプの車種と古い車種のことを指す。当時、広州本田の車と言えば、「アコード(中国語名は「雅閣」)」だった時代なので、新広本も老広本もアコードのことを指していた。
車種がたくさん増えた今、ひと昔前のように、ことは運べない。「広本」の次に雅閣や「飛度(フィット)」といった具体的なブランド名をつけないと、情報が伝わらなくなる。これで、ようやく新広本、老広本といった表現がだんだん見られなくなった。
漢字の本家・本元の中国ならではともいえる、漢字による影響力は、中国市場を視野に入れている日本企業にとって絶対に無視または軽視してはいけないのだ。
● 私が提案したパナソニックの中国語表記
もう時効だろうと思うが、2007年12月、松下電器(現・パナソニック)から秘密の依頼を受けたことがある。
当時、大企業病に苦しんでいた同社は、思い切ったブランドチェンジに踏み切った。社名をパナソニックに変え、松下電器やナショナルなどの社名やブランド名といった古い遺産を徹底的に片づける決意をしたのだ。当時この作業は、社内の機密作戦だった。
私は、その数年前に、日産自動車のティアナや、ホンダのアキュラなどの自動車ブランド名の中国語ネーミング開発を手掛けており、特にティアナを「天籟」にネーミングしたことは中国では大変な好評を得た。こうした実績が評価されたのか、松下電器から、新しい社名とブランド名のパナソニックの中国語ネーミングで天籟に匹敵できるようなものを開発してほしいという依頼を受けたのである。
翌年の08年1月10日、松下電器の大坪文雄社長が2008年度の経営方針を説明する席で会社名を「パナソニック」に変更すると正式に発表。同時に日本国内向けに用いてきた「ナショナル」ブランドを廃し、すべてパナソニックで統一するというブランド作戦も明らかにした。同年6月の株主総会での承認を経て、同年10月1日からこの社名チェンジ作戦は実施された。
同年1月下旬、私はいくつかの中国語ネーミング案を松下電器に提出し、プレゼンテーションを行った。プレゼンに立った私は開口一番、次のような発言をした。
「大企業病とマイナス効果をきたす一部の古い遺産と決別する御社の並々ならぬ意志は120%理解しています。社名チェンジも支持します。そのため、自分のすべての力を絞り出して新しい社名であるパナソニックの中国語ネーミングを開発しました。しかし、漢字の本家・本元である中国の歴史と文化、そしてその市場の大きさなどをいろいろと考えた上、私は自分の開発した中国語ネーミングはしょせん、『松下電器』という4文字には勝てないと思います。中国国内だけに限定してでも、御社の社名やブランドの表示はパナソニックの英語名と同時に、松下電器という在来のブランド名もつけた方がいいと提案いたします」
その提案をもし採用してもらえたら、私は同社の中国語ネーミング開発関連の報酬をもらわなくてもいいという意思表示も明確にした。
おそらく私と同じ意見や提案もたくさんあっただろうが、結果として、松下電器は私の提案を採用してくださった。中国出張に行くとき、飛行機のシートや街角を飾る広告、オフィスビルの看板に、パナソニックの下に松下電器という4文字が書かれているのを目にする度、一外国人のアドバイスに謙虚に耳を傾けるパナソニックの決断と市場に真摯に立ち向かうその姿勢に感動している。
● スカイツリーのブランド戦略は失敗か
話を冒頭のくまモンに戻そう。
昨年3月7日、熊本県はようやく6年間こだわっていた「酷MA萌」ネーミングをあっさりと捨てて、すでに中国のファンの間ですっかり定着した「熊本熊」を追認した。
県側は「熊本をより容易に連想できる名前に変えることで、認知度を高めたい」と追認の理由を明らかにしている。その「豹変」ぶりに拍手を送りたい。県側の決断力と市場に対する真摯な態度が確認できたからだ。
原稿作成の途中、疲れた頭をすこし休ませようとして、しばらくコーヒーを飲んだ。マンションの北側の窓の外には、スカイツリーがそびえ立っている。雨が降りそうなので、スカイツリーの上半分は雨雲に隠れている。
スカイツリーの中国語ネーミングの悪戦苦闘ぶりを思い出した。当時、登録作業が遅れに遅れたため、一番ピッタリくる「天空樹」がすでに誰かに先に登録されてしまっていた。結局、苦し紛れに登録できたのは「晴空塔」だ。
雨雲に隠れたスカイツリーを目にする度に、そのネーミングのおかしさに苦笑し、スカイツリー運営会社のそのブランディングの失敗を改めて嘆いた。グローバル経済になったいま、日本企業のブランド戦略も国境を超えた意識を持たないと、たいへん大きなリスクを冒す恐れがある。再度、警鐘を大きく鳴らしたい。
https://news.yahoo.co.jp/articles/05edfdf410245ed2444357e5a2630c3227d04305?page=1
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