春節迎える中国、盛り上がる新年会の裏で透けて見えた経済の冷え込み
莫 邦富:作家・ジャーナリスト
2月5日の春節を前に盛り上がる「年会」
今年は旧正月が2月5日なので、中国では1月中旬から「年会」のシーズンに入った。年会とは、企業や団体が1年を総括する重要なイベントで、日本における忘年会や新年会のようなものだ。
年会は、組合や従業員が主催するのが普通だが、最近では経営側も大きく関わっている。年末ボーナスの前か、その直後というタイミングも盛り上がる理由だ。
この時期はちょうど春節前ということもあり、私はそれに合わせて中国に行ってきた。訪問先は江蘇省の南通市、上海、海南省の海口市。いうまでもなく、年会に参加するためだった。今回はその旅のレポートをお届けしたい。題して「春節前の中国点描」だ。
上海浦東国際空港に降り立った私は、すぐに入国手続きを終え、到着ロビーの出口で同行する同僚を待つことにした。ロビーは、出迎えの人が大勢いて混み合っていた。そこで見掛けたのが、40歳前後の日本人サラリーマンだった。
「えっ、何?エリアナンバーを先に入れる?エリアナンバーって何?0086とか0081とか言われているけど、どっちを入れればいいのか教えて。あ、そう。日本へは0081ね。了解。そうか、そういう仕組みなのか。分かった、かけてみる」
誰かに電話しながら、懸命に国際電話のかけ方を教えてもらっていたのだ。会社は何を教えているのか、なぜこんな人を海外出張に出したのか、そして本人の意識の低さにも言葉を失ってしまった。
社員表彰や抽選会
歌や踊りが披露される
上海浦東空港を出た私たち一行は、すぐに迎えに来た車に乗り込んで南通に移動した。南通には、28年前に私も一緒になって設立したIT企業が数年前に買収し、子会社にした企業がある。その企業の年会に出席するために、日本の大手企業の関係者らと南通を訪れたのだ。
年会のスタイルは、どこも似通っている。豪勢な食事が並ぶホテルの会場を借り、社員表彰や豪華賞品の抽選会を始め、社員たちによる歌や踊りなどが次々と披露される。その中でも、会場の雰囲気を一気に盛り上げたのは、携帯電話の中国版SNS「微信(WeChat)」を使った「紅包」争奪戦だ。
紅包とは本来、小さめの赤い封筒に入れて渡す「寸志」のことをいう。それが今では、携帯電話を使って電子マネーを渡す形に姿を変えた。例えば、年会に100人が出ているとすると、WeChatの「紅包」に500元を分けて入れ、20人にランダムに配る。その中身はバラバラなので、一種の運試しにもなるといった具合だ。もちろん、8.88元など縁起のよい金額を決めて配る方法もある。
社員の平均年齢が20代で活気ある会社の年会を見て、日本大手企業の日本人幹部は思わず嘆いた。「今や、日本ではこうした活気があまり見られなくなった。うらやましい」。
抽選会で用意された賞品は、電気炊飯器やダイソンのドライヤー、ジューサー、コーヒーメーカーといった家電製品から、シーツなどの日用品に至るまでさまざまだった。
その中で私は、「特等賞」のプレゼンターを務めた。賞品は、小米(シャオミ)のノートパソコンと、その他のものを組み合わせたもので、日本円にして8万円ぐらい。だが、すぐに中国最大の弁護士事務所に勤める友人から、WeChatで突っ込まれた。
「アップルのノートパソコンではなかったのですね」と。弁護士事務所の年会の賞品はもっと豪華なものだったのだとすぐに悟った。
翌日、日本から駆けつけたゲスト全員が、南通の観光スポットである「狼山」に招待された。わずか100メートルちょっとの小さな山なのだが、平野に位置するので存在感はその2倍ぐらい。長江の入海口から登ってくると最初の高地になるため、さらに高く見える。
登る際、50代の男たち数人が、食材を天秤棒で担いで登っていた。50キログラムぐらいの食材を頂上のレストランまで運んでいけば、30元(約480円)がもらえるからだ。「もし大学に行っていなかったら、私もその1人になっていたかも」といった思いが脳裏をかすめた。
南通から上海に戻り、飛行機で海南省の省都・海口に飛ぶことになっていたが、途中の上海で、日本との関わりを持つ人たちで構成する「中日分会」の年会にも顔を出した。
出席者のほとんどが日本に留学したり、日本企業に勤務した経験を持っていたりするだけに、その雰囲気はインターナショナルなムードであふれていた。会場では、日本のビールや日本酒も振る舞われていたほか、和服姿の参加者もいて、なんともにぎやかだった。
運賃の払い戻しを嫌がり
滑走路で3時間待機
この年会が盛り上がってしまったこともあって、浦東空港に到着したのは飛行機の出発時間ぎりぎりで20時11分だった。あわててチェックイン窓口に向かうと、対応した航空会社の女性が、私に向かって「搭乗手続きは20時10分に終了しました。だから乗れません」と言い放った。
隣にいた責任者がさすがに見かねたのか、「大丈夫です。私が手続きをしましょう」と言って、どうにかチェックインさせてくれた。
ところが、20時50分に飛び立つはずのその飛行機は、滑走路で3時間近く待機させられた。
なぜ、そんなに待たされたのか。事情通によれば、飛べないのが分かっていても、乗客を乗せて滑走路に出さえすれば、「航空会社の責任ではなく空港の責任になるため、遅延の記録もつかず、運賃の払い戻しもしなくてよくなるから」だそうだ。乗客のことなどお構いなしで、中国の航空会社をお勧めできない理由もそこにある。
海口の会社は、創立15周年を迎えた。だが、海南省のIT企業として地元ではランキング3位に入っているものの、売上高や純利益で見ればまだ小さい会社だ。
そんな小さな会社では、ルールを無視しても構わないという生き馬の目を抜くような中国企業相手にビジネスをするのは心もとない。この会社も、その親会社である日本の新華僑企業もお行儀がよすぎるのだ。日本企業と組むビジネスモデルの限界を感じてしまった。
中国でも顕著な人手不足
空港の広告も政府スローガンばかり
さて、春節前は年会シーズンだけではなく、結婚式のシーズンでもある。年会の翌日、海口のレストランに入って夕食にしようと思っても、なかなか料理が出てこなかった。レストランの店主は申し訳なそうに事情を説明してくれた。
「コックを始め従業員も春節の家族団らんや結婚式に出席するために帰郷しているんです。働き手が足りないので、お料理が遅くなってしまいました」
同席した中国人企業幹部は、「この頃になると、夜の飲み屋でも女の子を集められない」「中国も予算がないため、まるで政府機関の一部が閉鎖している今の米国みたいだな」と裏事情を教えてくれた。
久しぶりに海南を訪問した感想を問われたので、私も素直に気づいたことを言った。
「以前、海南省の美蘭空港に降り立ったら、空港ビルのいたるところに不動産の広告が出されていて、その多さに圧倒された。それが今回はほとんどない。広告のほとんどが広告会社自身の宣伝か、政府のスローガンだ。そこからは、海南省の経済がいかに冷え込んでいるのかが透けて見える」
2019年はこの10年間で最悪の年だが
今後10年間では一番いい年になるかも
上海に戻った私は、実家近くのホテルで仕事関連の打ち合わせをいくつか済ませた。長年の付き合いで親しくなったホテルのマネージャーからも愚痴を聞いた。
「最近、5人の若い従業員の行方が分からなくなった。調べてみると、会社の上司や同僚に、何一つ言わないまま、実家に戻ってしまったのだ。彼らは、仕事に対する責任や義理、信用など全く考えていない」
そしてこう続けた。
「まだ残って仕事をしている若者に、どうして残る選択をしたのかと聞いたら、ネットで購入した商品がまだ届いていないからという答えが返ってきた。もう笑うほかなかったが、人手が足りないと悩んでいる身としては泣きたいくらいだ」
そこで、中国経済に対するある評論を思い出した。
「中国経済にとっては、2019年はこれまでの10年間の中で最悪の年になる。しかし、これからの10年間を見通してみれば、2019年はおそらく一番いい年になると思う」
春節を迎えれば、中国社会にとっては恐ろしい年の幕が開けるというわけだ。複雑な心境で2019年を迎えようとしている。
(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)
https://diamond.jp/articles/-/192486?display=b
2月5日の春節を前に盛り上がる「年会」
今年は旧正月が2月5日なので、中国では1月中旬から「年会」のシーズンに入った。年会とは、企業や団体が1年を総括する重要なイベントで、日本における忘年会や新年会のようなものだ。
年会は、組合や従業員が主催するのが普通だが、最近では経営側も大きく関わっている。年末ボーナスの前か、その直後というタイミングも盛り上がる理由だ。
この時期はちょうど春節前ということもあり、私はそれに合わせて中国に行ってきた。訪問先は江蘇省の南通市、上海、海南省の海口市。いうまでもなく、年会に参加するためだった。今回はその旅のレポートをお届けしたい。題して「春節前の中国点描」だ。
上海浦東国際空港に降り立った私は、すぐに入国手続きを終え、到着ロビーの出口で同行する同僚を待つことにした。ロビーは、出迎えの人が大勢いて混み合っていた。そこで見掛けたのが、40歳前後の日本人サラリーマンだった。
「えっ、何?エリアナンバーを先に入れる?エリアナンバーって何?0086とか0081とか言われているけど、どっちを入れればいいのか教えて。あ、そう。日本へは0081ね。了解。そうか、そういう仕組みなのか。分かった、かけてみる」
誰かに電話しながら、懸命に国際電話のかけ方を教えてもらっていたのだ。会社は何を教えているのか、なぜこんな人を海外出張に出したのか、そして本人の意識の低さにも言葉を失ってしまった。
社員表彰や抽選会
歌や踊りが披露される
上海浦東空港を出た私たち一行は、すぐに迎えに来た車に乗り込んで南通に移動した。南通には、28年前に私も一緒になって設立したIT企業が数年前に買収し、子会社にした企業がある。その企業の年会に出席するために、日本の大手企業の関係者らと南通を訪れたのだ。
年会のスタイルは、どこも似通っている。豪勢な食事が並ぶホテルの会場を借り、社員表彰や豪華賞品の抽選会を始め、社員たちによる歌や踊りなどが次々と披露される。その中でも、会場の雰囲気を一気に盛り上げたのは、携帯電話の中国版SNS「微信(WeChat)」を使った「紅包」争奪戦だ。
紅包とは本来、小さめの赤い封筒に入れて渡す「寸志」のことをいう。それが今では、携帯電話を使って電子マネーを渡す形に姿を変えた。例えば、年会に100人が出ているとすると、WeChatの「紅包」に500元を分けて入れ、20人にランダムに配る。その中身はバラバラなので、一種の運試しにもなるといった具合だ。もちろん、8.88元など縁起のよい金額を決めて配る方法もある。
社員の平均年齢が20代で活気ある会社の年会を見て、日本大手企業の日本人幹部は思わず嘆いた。「今や、日本ではこうした活気があまり見られなくなった。うらやましい」。
抽選会で用意された賞品は、電気炊飯器やダイソンのドライヤー、ジューサー、コーヒーメーカーといった家電製品から、シーツなどの日用品に至るまでさまざまだった。
その中で私は、「特等賞」のプレゼンターを務めた。賞品は、小米(シャオミ)のノートパソコンと、その他のものを組み合わせたもので、日本円にして8万円ぐらい。だが、すぐに中国最大の弁護士事務所に勤める友人から、WeChatで突っ込まれた。
「アップルのノートパソコンではなかったのですね」と。弁護士事務所の年会の賞品はもっと豪華なものだったのだとすぐに悟った。
翌日、日本から駆けつけたゲスト全員が、南通の観光スポットである「狼山」に招待された。わずか100メートルちょっとの小さな山なのだが、平野に位置するので存在感はその2倍ぐらい。長江の入海口から登ってくると最初の高地になるため、さらに高く見える。
登る際、50代の男たち数人が、食材を天秤棒で担いで登っていた。50キログラムぐらいの食材を頂上のレストランまで運んでいけば、30元(約480円)がもらえるからだ。「もし大学に行っていなかったら、私もその1人になっていたかも」といった思いが脳裏をかすめた。
南通から上海に戻り、飛行機で海南省の省都・海口に飛ぶことになっていたが、途中の上海で、日本との関わりを持つ人たちで構成する「中日分会」の年会にも顔を出した。
出席者のほとんどが日本に留学したり、日本企業に勤務した経験を持っていたりするだけに、その雰囲気はインターナショナルなムードであふれていた。会場では、日本のビールや日本酒も振る舞われていたほか、和服姿の参加者もいて、なんともにぎやかだった。
運賃の払い戻しを嫌がり
滑走路で3時間待機
この年会が盛り上がってしまったこともあって、浦東空港に到着したのは飛行機の出発時間ぎりぎりで20時11分だった。あわててチェックイン窓口に向かうと、対応した航空会社の女性が、私に向かって「搭乗手続きは20時10分に終了しました。だから乗れません」と言い放った。
隣にいた責任者がさすがに見かねたのか、「大丈夫です。私が手続きをしましょう」と言って、どうにかチェックインさせてくれた。
ところが、20時50分に飛び立つはずのその飛行機は、滑走路で3時間近く待機させられた。
なぜ、そんなに待たされたのか。事情通によれば、飛べないのが分かっていても、乗客を乗せて滑走路に出さえすれば、「航空会社の責任ではなく空港の責任になるため、遅延の記録もつかず、運賃の払い戻しもしなくてよくなるから」だそうだ。乗客のことなどお構いなしで、中国の航空会社をお勧めできない理由もそこにある。
海口の会社は、創立15周年を迎えた。だが、海南省のIT企業として地元ではランキング3位に入っているものの、売上高や純利益で見ればまだ小さい会社だ。
そんな小さな会社では、ルールを無視しても構わないという生き馬の目を抜くような中国企業相手にビジネスをするのは心もとない。この会社も、その親会社である日本の新華僑企業もお行儀がよすぎるのだ。日本企業と組むビジネスモデルの限界を感じてしまった。
中国でも顕著な人手不足
空港の広告も政府スローガンばかり
さて、春節前は年会シーズンだけではなく、結婚式のシーズンでもある。年会の翌日、海口のレストランに入って夕食にしようと思っても、なかなか料理が出てこなかった。レストランの店主は申し訳なそうに事情を説明してくれた。
「コックを始め従業員も春節の家族団らんや結婚式に出席するために帰郷しているんです。働き手が足りないので、お料理が遅くなってしまいました」
同席した中国人企業幹部は、「この頃になると、夜の飲み屋でも女の子を集められない」「中国も予算がないため、まるで政府機関の一部が閉鎖している今の米国みたいだな」と裏事情を教えてくれた。
久しぶりに海南を訪問した感想を問われたので、私も素直に気づいたことを言った。
「以前、海南省の美蘭空港に降り立ったら、空港ビルのいたるところに不動産の広告が出されていて、その多さに圧倒された。それが今回はほとんどない。広告のほとんどが広告会社自身の宣伝か、政府のスローガンだ。そこからは、海南省の経済がいかに冷え込んでいるのかが透けて見える」
2019年はこの10年間で最悪の年だが
今後10年間では一番いい年になるかも
上海に戻った私は、実家近くのホテルで仕事関連の打ち合わせをいくつか済ませた。長年の付き合いで親しくなったホテルのマネージャーからも愚痴を聞いた。
「最近、5人の若い従業員の行方が分からなくなった。調べてみると、会社の上司や同僚に、何一つ言わないまま、実家に戻ってしまったのだ。彼らは、仕事に対する責任や義理、信用など全く考えていない」
そしてこう続けた。
「まだ残って仕事をしている若者に、どうして残る選択をしたのかと聞いたら、ネットで購入した商品がまだ届いていないからという答えが返ってきた。もう笑うほかなかったが、人手が足りないと悩んでいる身としては泣きたいくらいだ」
そこで、中国経済に対するある評論を思い出した。
「中国経済にとっては、2019年はこれまでの10年間の中で最悪の年になる。しかし、これからの10年間を見通してみれば、2019年はおそらく一番いい年になると思う」
春節を迎えれば、中国社会にとっては恐ろしい年の幕が開けるというわけだ。複雑な心境で2019年を迎えようとしている。
(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)
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